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(27) ネポティズムについて考える

大学4年生の頃、僕も人並みに「就職活動」なるものをした事があった。「就職氷河期」と言われただけあって、企業の人事の居丈高な態度にはホトホト辟易させられた。
まぁ、それくらいでイチイチ落ち込むような男でもないので軽ーく流して話を聞いてはいたけれども。

但し、その当時どうしても納得出来なかったのが「コネ入社」や「縁故入社」だった。

何やら会場で紙を渡されて出身大学やら趣味やら特技やらどうでも良い事をツラツラと書かされるのだが、その中でどうしても理解出来なかったのが以下の文面。

「当社に親戚やご兄弟がいらっしゃる場合は、所属の部署と氏名を記入して下さい。」もぅ何年も前の事だったのでハッキリと覚えていないが、大体こんな感じだったと思う。

あ、書いている内に思い出した。大学生の時、アルバイトの面接でも「わが社に君の親戚やら縁者は居るか?」って聞かれた事があったなぁ。あの時もなんか気分が悪かったような気がする。

たまたま僕がそんな会社ばかりに行ったのかもしれないけど、「縁故がある者は優先しますよー!」と言いたげな会社は沢山有った。もしかして、日本の企業は「縁故」やら「コネ」で塗り固められているから企業の存続がギリギリ危うくなるまで「リストラ」という英断を下せないのかなぁ、等と今になってみると思ったりもする。

日産のカルロスゴーン社長はそんな日本的な会社文化を最初に壊した人だと思う。日本に蔓延る悪しき伝統であるネポティズム(縁故主義)を元凶とみなすや大胆なリストラを敢行した。誰かが先陣をきってやらなければならない事だったのだ。

僕は別にボスが何人でも構わない。実力を正しく評価してくれる人こそが良いボスだと思う。日本も少しだけ変わっていくのかなぁ、と淡い期待をよせたりして、、、

自分はネポティズムに関してはどちらかと言うと否定的だ。幾らか良い面もあるのかも知れない。縁故で入った手前、親戚に恥をかかせるワケにはいかないから必死で働かざるをえない状況が作り出されるのかもしれないし。

、、、が、アルメニアに住んでアルメニアの社会がよーく見えるようになってから「縁故」とは「社会を腐敗させる恐ろしい生物兵器!」と思うようにさえなった。ある国際機関の職員が言うには、旧共産圏の中ではアルメニアが最も酷いらしい。

僕が、「治安は良いし、一般的に人は親切なのでアルメニアは住みやすいが長く住むのであればウクライナの方がいいかなぁ」と思うのはアルメニア社会の根本に「未来」を見出せないからだと思う。ハッキリ言えば、根本が腐敗している。ウクライナの現状も日本人から見れば散々な状況に映るかもしれないが、アルメニアで生まれ、「搾取され続けるアルメニア人」の悲劇を知る者にはマシに映る。

良心を持ってアルメニアを支えた人々はこの国の未来を見限って国を後にした。その数は100万人弱。国民の4分の1(またはそれ以上)が何らかの形で出て行った。残ったのは壮大な権力と権益をガッチリ握る一部の者と弱者ばかり。この「弱者と強者」、「資本を持つ者と持たざる者」のコントラストは日本人の想像を遥かに越える。壮大な格差がある。

コチラに長く住んでいる外国人と話しをしていると最後はこんな話でまとまる。「俺等だってアルメニアにアルメニア人として生まれて、この社会と死ぬまで付き合わなければならないと思ったら移住を決意すると思う。」と。

僕がもしアルメニア人だったとしたら、やはり「ディアスポラの民」になっていたかもしれない。

つい最近も、仲の良い友達がメールをくれた。どうやら失業したらしい。1200人も雇っていた大きなアルミ工場だったらしいのだが、共同出資していたロシアの企業の資金が底を尽いてしまって、立ち行かなくなったらしい。結局、工場ごとロシアの資産家が買い取ったらしいが、従業員は全員解雇されたそうだ。

自棄になって、酒を飲んで暴走しないでくれると良いのだが、、、
(↑しかし、CIS人はこれしきの事では普通へこたれない。)

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特に共産国、アジア、中東といった国ではこの「ネポティズム」は横行している。血縁、地縁、学閥、人種等イロイロな形の縁故主義がある事を考えれば多分、「先進資本主義国」でも幾らかはあるのだろうと思う。決してゼロではないハズだ。

しかし、アルメニアは本当に酷い。「血統主義」でもあるのか?と疑いたくなる程就職差別がまかり通っている。若かろうが、老いていようが関係無い。大学でどんなに優秀な成績で学業を修めようが、工場やら会社に「コネ」が無くては掃除夫やら、レストランのウェイター等が関の山。同様に出世も「コネ」次第だ。

汚れ仕事を嫌うアルメニア人の殆どは、大変な仕事をするくらいなら、家でジッとしてる方がマシだと考えるらしい。その辺は、ロシア人やウクライナ人とは考え方が違うようだ。または、縁故が何処にも無くて絶望しているのだろうか?と思った事もある。

僕は「旧共産主義国」のアルメニアで恐ろしいほどに社会の隅々まで「ネポティズム」が氾濫しているのを実際にこの目で見ている。そして、社会を後退させている事も。自分は多分、アルメニアのそれこそ辺鄙な土地まで行って「アルメニアの裏社会」を見た唯一の日本人だと思う。

もしかしたら「ある日本人」もアルメニアの現状を良く知っているかもしれない。その人は似たような日本の裏社会に生きる「同じ穴の狢」だからその裏社会を上手く利用している。何があっても口を閉ざして墓場まで持ち込むであろう。(僕は知っている。「鈴木宗男」の事件なんて氷山の一角だという事を。)

日本人は冷戦時代、影のように共産圏に入り込みビジネスをしていたと聞く。実際、日本の○○党(伏字でゴメン!)はソヴィエト時代からソヴィエト諸国に入り込んで様々な利権を独占していたのだと知って正直言って唖然とした。(コレについては沢山書かないし、書けない。)

コアな部分にまで触れると僕の利害にも関わるので書かないが、書ける範囲でアルメニアの現状について書こうと思う。以前、「アルメニアの厳しい現状」という所でこの国の真実を洗いざらい書こうと思ったが、あの時は書けなかった。書きたかったが、現実が余りにも悲惨で書きたくなかったのだ。

周りに居る普通に貧しいアルメニア人達はとても親切だ。いつも助けてくれるカリネおばさん、アルメニア語を教えてくれるマーシャおばさん、何かと世話をしてくれるウドゥムルク人のローザおばさん、、、「権力」等とは無縁なサイレントマジョリティーのアルメニア人は田舎者だが、基本的には親切だし世話焼きだ。適度に距離を保って付き合うと彼女等は心強い。

口を閉ざして、感情を表に出さず、見聞きした事を適当に流せる人は外国人であってもアルメニアは住みやすい国だと思う。アルメニア人は外国人を珍しがる人達なので外国人で得する事も有る。住むならロシア語かアルメニア語を喋れると尚良い。社会基盤が猛烈にメチャクチャな事を気にしない人は、住んでみると良いと思う。しかし、外国人だから損する事も勿論有るケドね。

そんなアルメニア在住者が感じた事も織り交ぜて「ネポティズム」について書いてみよう。

アルメニアに住み始めた頃、とにかくありとあらゆる労働者がとてつもなくいい加減でまるで働く気が無い事にスグに気が付いた。レストランに行っても、スーパーマーケットに行ってもホテルに行っても何処に行っても。最初「コレはソ連時代からの名残なんだろうなぁ」と勝手に解釈していた。

現に、スーパーで釣銭を誤魔化されたり従業員に日本じゃ考えられないとんでもない態度を取られた事がある。(「日本と比べたら」ではなくて、CISはかなり酷い)

しかし、スーパーで釣銭を誤魔化されたりされたのは意図的な事ではなくただ単に「(仕事を)ヤル気が無い従業員が適当に電卓を弾いたから」だと分かった。何故分かったかと言うと、釣銭を多く貰う事も沢山有ったからだ。まぁ、僕は少なく貰っても多く貰っても後味悪いから従業員に「キチンと計算してくれ!」って言うケドね。こんな従業員を置いていたら店が倒産するまで計算間違いをするかもしれないし、「トンデモナイ従業員が働く店」と悪評が立って客足が遠のくかもしれない。しかし、自分の心配をよそに何故か店の社長はその従業員の首を切らない。何故か?

その従業員はその店の社長の「親類縁者」だからだ。最初、コレは良心的なアルメニア人から聞いた。後にイロイロと自分で調べている内にどんな会社も店もなにもかも親類で固まっている事を知った。

アルメニアのありとあらゆるお店、会社その他諸々の従業員は全て基本的には社長の親類縁者で固められている。特に「要職」「役職」はそうだ。信じられないかもしれないが、どんな小さな場所にでもアルメニアは「縁故主義」が幅を利かせ、縁故の無い者は掃除やらタクシー運転手等の低賃金な仕事に追いやられる。

マトモな神経をしたアルメニア人がなるべく「外資」で働こうとするのは至極まっとうな事だ。だが、この国ではその「外資」も物凄く少ない。

客が列をなして待っているのに従業員がいつまでも電話で無駄話にふけっていられるのは自分は首を切られる心配が無いと安心しきっているからだ。マジメに働いても適当に働いても給料が同じであればマジメに働くワケがない。彼等、彼女等に仕事に対する責任感等を説いても、それは「馬の耳に念仏」である。

アルメニアのネポティズムに起因する「社会の歪み」を見るにつけ、いつも残念な気持ちになる。何度か余りにも酷いので怒った事があったが、丸っきり逆効果だった。(そういえば、アルメニアに僅か一週間滞在していた日本人は、アルメニアの実態を鋭く見抜いていたなぁ。)

かくしてアルメニアのネポティズム(縁故主義)は出来上がる。つまり、アルメニア人曰く「身内の人間以外は信用が出来ない」のだそうだ。それに加えて「親類縁者」を何よりも優先する社会的な伝統がこの国にはある。だからこそ、お金を扱う要職には絶対に身内が登用される。それ以外も身内で固まるが、、、まぁ、アルメニアに住めばこの成り行きは理解出来なくも無い。

独立のドサクサに紛れて権力をブン盗って、権力者の親類を社会の中枢の要職に入れ基盤を作り上げた。社会のインフラもボンボンと切り売りされた。一般国民の声等は彼等には全く届かないし、彼等は聞く気も毛頭無い。

ベレゾフスキーは余りにもエグくヤリ過ぎたし、身の危険を感じてイギリスに高飛びまでした。だからICPOに指名手配された。彼は当然裁かれるべきだ。しかし、ベレゾフスキーが捕まるんならCISの政治家は皆「お縄」にするべきだと思う。アルメニア人も相当エグい事をしている。

「今はマネーロンダリングがし辛くなっているから、徐々に徐々に送金して政治状況の風向きを見誤った時はサッサと高飛びをする」と僕に向かって言い切ったアルメニア人も居た。彼の職業は敢えて書かないが、話を聞いてる間は怒りが収まらなかった。

アルメニアは今現在、マトモな産業が無い。国の90%以上の工場は閉鎖されている。しかし、逆に言えば稼動している工場も10%くらいはあるという事だ。その工場のディレクター(社長)が誰か分かると、この国は如何に「政治」と「経済」が密着しているかが良く分かる。正しく言えば「権力」と「経済」が。詳しくは書かないが、権力者とその親戚は破綻したこの国でも信じられないくらい贅沢な生活をしているのである。スペインやフランスに別荘を持つのはこの手の人種。「企業の社会的責任」や「モラル」等と言う言葉は「雪印乳業」以上にナイッ!!!のだ。

アルメニアはソヴィエト時代から何も変わっていない。今でも人々が欲しがる一番のモノと言えば「権力」だ。CISで「権力」さえ手に入れてしまえば、お金から女から何から好きなだけ後ろから付いてくる。一度その「権力」を手に入れてトップの座に座れば後は、よほど政変がない限りは安泰だ。毎日、「社長室」でテレビを見て携帯電話で喋っていればそれが彼の「仕事」なのである。

実際、僕は何度もこういったディレクターと呼ばれる人達に会った事があるが人間的に魅力が無く、喋っても面白みに欠け、話題と言えば金の話か車の話ばかりなのでウンザリしていた。不思議なくらい踏ん反り返っているのもこの人種に共通した事。そして、この権力者の側近は親類縁者で固まる。もう、恐怖としか言いようが無い。

アルメニアを知らない人は想像もつかないかもしれないが、コレは顔を背けたくなる程醜悪で気持ちが悪い。自分は何度も席を蹴って部屋から出て行きそうになった。

「井戸の中の蛙は大海を知らない」と言う。彼らの世界は小さなアルメニアだけなのだ。この国の権力者達は信じられないくらいに自分達が「裸の王様」である事に気付いていない。まぁ、でもそうかもしれない。彼等は「世界は自分中心に回っている」と本気で思っているのだから。だから田舎者的な発言がポンポンと出てくる。


アルメニア、及びCISでは「権力=全て」なのである。


「国会銃撃事件」や「テレビ局の社主の暗殺事件」等は詳しくは書かないが政治の絡みが有る。大いに有るのだ。当たり前だ!「権力」の為ならば平気で何人でも殺せる人こそが「権力者」に成れるのだから。一見、穏やかでダラダラしたアルメニアの裏ではトンデモナイ「権力闘争」が繰り広げられている。CIS各国では大なり小なりコレはあるのだろうけれど。日本人のCISにおけるマフィアはイコール「権力者」であるという認識はある意味正しい。その最たるマフィアの代表格と言えばやはり「大統領」だろう。

みかじめ料を払わない店をガソリンをまいて燃やしている程度のマフィアはせいぜい「チンピラ」だという事だ。

先頃のアルメニアの大統領選挙ではトンデモナイ不正が行われていた。(コレも詳しく書かない)不正をしてでも「権力」の座に留まらなければならない理由がソコにはあるのだ。何故かって?権力から滑り落ちたら親類縁者も「一蓮托生」だからだ。日本と同じで「再起」は基本的に有り得ない。政治的な死は一族郎党の死をも意味する。だから組織的に不正はなされる。公然と不正は行われるべくして行われているのである。選挙を監視する為に来ていた欧州の監視団は単なる「お客さん」だと知って拍子抜けした。

腐った大地からマトモな植物が育つハズがない。全てがデタラメなのだから。

アゼルバイジャンも含め中央アジアの国々がこの頃、大統領がその職に就くや憲法を強引に変えて大統領任期を思いっきり引き延ばしたり、「終身大統領」になったりするのにはそのような背景がある。

アルメニアも本来なら大統領の再選は「憲法で禁じられていた」ハズだ。が、コチャランはアッサリと憲法を書き換え不正の限りを尽くし再び大統領になった。この国の将来を占うには5年後に誰が大統領になっているかがポイントだろう。

隣国グルジアのシュヴァルナッゼも長い事大統領をしている。(グルジアは2003年の秋に大統領選がある)
グルジアは慢性的に電力が不足しているが、とりわけ冬になると電力が著しく不足する。何故、国民が寒さをしのぐ為に「灯油」を買わざるをえない状況になっているのかを考えるとCISのネポティズムが良く見えてくる。では、誰がその灯油を売っているのか?

危険極まりない原子力発電所を持つアルメニアからグルジアは電力を「買っている」。「買う」というのは対価をキチンと払うという事だから「買っている」は正しくない。「奪っている」の方が正しい表現に近い。その電力をグルジア人は享受出来ているのか?全てトルコに売り払っているというのが、この辺では通説である。その売り払ったお金は誰の懐の入っているのだろうか?それは言わずもがなだ。

アルメニア、及びCIS諸国は日本以上に本人の能力が正しく評価されない国だ。もっとも、何度も言うが実力のあるマトモな人はこの国から出て行く。当たり前だ。国の隅々まで不正が当たり前の如く行われているのを見ていたらマトモな、普通の感覚をした人間ならイヤになる。

体の調子が悪いと相談に行くアルメニア人の女の子が居る。彼女は看護婦さん。学生時代は格別に成績が良かったのでスイスに研修生として3週間滞在し勉強しに行くチャンスがめぐってきた。しかし、そこでも学長から「スイスに行きたければ3000ドル払え」と言われたらしい。アルメニアで3000ドルといったら大金だ。

スイスの政府から招待されているのだから、3000ドルなんて当たり前だが払う必要が無い。(何故か留学に関する賄賂相場は3000ドルらしい)しかし、学長は「権力者」だから生徒から意味不明な賄賂を要求出来るのだ。これはあらゆる大学、特に私立大学で行われているが国立でもあるらしい。

まだ若くて大いなる可能性を秘めた学生からその可能性を奪い取る学長なんてとてもじゃないが「教育者」としては失格だ。この国の未来の為にもして欲しくない。

もっとも、こうした学長が必ずしも元々から教育に携わる仕事をしていたワケではない。僕の知ってる範囲においては、その殆どがやはり「コネ」と外国からの「援助」を巧みに最大限に利用して学長に成った(のしあがった)人達である。つまり、彼等の本性は教育者ではなくて目先の利いた「略奪者」なのである。良く言えば、「国の風向きや政治状況を自分の味方に付ける事が出来た人達」であり、悪く言えば、「国家財産を私物化し、悪行の限りを尽くしている人達」とも言える。

しかし、得てして「先進国からの援助」というのはこうした見境の無い「権力の亡者」の元にだけ届く。「援助」とは、本当に援助が必要な人には届かないようになっているシステムらしい。病院の院長がホテルを経営出来たりするのは、有る意味「先進国の援助」のお陰なのである。勿論、日本の税金から成り立つ「途上国への援助」もドブに捨てるがの如く使われている。

この社会に暮らしているとイヤな事が見たくなくても見えてくる。そして、考え込んでしまい悶々とする。何も知らない、知ろうとしないアルメニア人達が不憫でならない。こういった社会の動きから目を閉ざせば良いのだろうが、それは無理な話。

今頃になって昔に出会ったドイツ人の言葉が身に染みる。

「この国では鈍くならないとやっていけないよ」、、、そうなのかもしれない。


が、、、そんなアルメニアで生涯研究に身を捧げ不正とは無縁に己の潔癖さを貫く「孤高の人物」と知り合う事が出来たのは、苦難のアルメニア生活の中での最高の喜びだった。こんな人との出会いは自分にとって大いなる財産だ。

彼は、僕がイメージする古き良き「ソヴィエトの学者さん」である。下界の不快な出来事に目を背け、己の関心事にのみ最大限のエネルギーを注ぎ込む。そんな彼を見てると「この国も捨てたモンじゃないッ!」と嬉しくなる。そして、そんな尊敬すべき人物のように自分も成りたいと素直に思う。

その教授の家に招待されて初めて行った時は真冬の強烈に寒い日だった。部屋にはストーブが無くて、とにかくトンデモナク寒かった事を覚えている。アルメニア人の家とは思えないくらい物凄く殺風景な部屋で、ある物と言えば本だけだった。とにかく本だけは信じられないくらい沢山あった。彼らしい彼の「城」だった。「暖房が無いからコレを暖房の替わりにネ」と、ヴォトカを一緒に飲んだ。

背中を丸めて歩くその姿には「孤高の男」の大いなる哀愁を感じた。奥さんが割と早く亡くなったらしい事はだいぶ後になってから知った。その当時、僕はロシア語が上手に喋れなかったのだが彼は一生懸命に話を聞いてくれた。「ロシア語は難しいよ。文法的に間違っても良いからなるべく沢山喋ると良いよ」と、アドヴァイスしてくれたのも彼だった。

彼に教わった生徒は皆、彼の事を尊敬している。1年中汚れた同じスーツを着倒して、いつも教壇に上がったそうだ。安い給料でも自分の仕事を愛し、常に誇りと愛情を込めて生徒達に接した。

この国で潔癖でいられるのは奇跡的だ。しかし、それは世界中何処でもそうだ。「朱に交われば赤く成る」し「長いモノには巻かれる」社会なのだ。ある種、彼は仙人のような悟りを啓いた人物だったような気もする。醜い世の中にあっても、彼はどんなお金持ちよりも幸せのように僕には思えた。

CISに住むと寿命と健康と精神状態を著しく害する。そして、「はたして日本に帰って住めるだろうか?」と心配になってしまう程性格が悪くなるし、疑い深くもなる。モノをガツンとハッキリ言ってしまうようになる。

そんなCISでの生活は辛いけれども、学ぶ事も沢山有る。こんな国があって、こんな社会があって、人々はこんな風に生活して、、、

「素晴らしい人」との出会いは自分の人生を豊かにしてくれるし、
「悪人」や「俗物」との出会いは自分の卑しい心に警鐘を鳴らしてくれる。

そんな僕はもうしばらくアルメニアに住む。
ヤメといた方が良いって?うんうん、そうかもしれない。


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