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(68) ステパナケルト市街②

そして、カラバフホテルへ。

このホテルがまたスゴイッ!好きだッ!こんなヤル気の無い殺伐としたホテルは!
なんかホテルを見た時は、どういうワケか嬉しくなってしまいました!
カラバフまで来て、「ホテル・イェレヴァン」や「ホテル・コングレス」のようなホテルは当然期待なんかしていませんでした。

むしろ、日本では探しても到底見付ける事が出来なさそうな「幽霊屋敷」のようなホテルを見た瞬間、「コレぞ、カラバフのホテル!」と飛び上がらんばかりの喜びよう!
中に入ると、それはもぅアチコチ傷んではいるのですが、由緒正しき「旧ソヴィエト系ホテル」だったので、抑えきれないほどの喜びが沸いて来ました。

部屋に通されると、なんとも寂しい場末の木賃宿みたいでもぅ!!!嬉しさ倍増ッ!
とにかく、5日もシャワーを浴びていなかったのでシャワーを浴びる事に。
すると、「1000ドラム払えッ!」とホテルの従業員らしき人は言う。
とにかく、5日もシャワーを浴びていなくて頭がメトメトだったので払う事に。

そしてまた、このシャワーがスゴイ!
「アルメニアでシャワー」のところでも書いた、巨大な「バク」がポンと
付けられているだけでした。しかも、1台は故障中。
もぅ、この頃になると「もぅ何でもいいやッ!」という感じになってきて自分の思考回路がメチャクチャになっていたようです。

お湯のシャワーを浴びれるだけ有難い!となってしまいました。
鍵がなかなか閉められなくて本当に困ったゾ!この時は。

とりあえず、シャワーを浴びてスッキリしたら先ほど大学で知り合った女の子の家にお邪魔しました。庭付きの普通の一軒家でした。

歳を聞いてビックリ!まだその当時は17歳だったそうです。
日本で言えば高校生くらいなのですが、とてもシッカリした女の子でした。
なんでも、お兄さんはカラバフの戦争で亡くなられたそうです。
家のリビングに、彼の肖像画が飾られていました。
お母さんとお姉さんは今、ロシアに出稼ぎに行っているそうです(当時)。

見るからに優しそうで、頭の良さそうな本当に可愛い女の子でした。

その後は、中心の細長い通りをアッチコッチ歩き回る。
すると、ビックリした事にディスコのようなものを発見ッ!
ソヴィエト時代は娯楽が少なかったせいか、ディスコは若者の唯一のストレスの発散場所であり、男女が出会う唯一の場所だと本で読んだ事があります。

カラバフにもちゃんとディスコがあるんですね。
日本人からすれば、「何とも殺風景なディスコ」かもしれませんが、外から覗いてみると若者は楽しそうに踊っていました。

ステパナケルトの全体的な印象は、新興国家なので当たり前なのですが
「イェレヴァンと比べて、とても清潔でキレイな街だけど少し活気が無い」
という感じです。

ココでは、何でもモノがイェレヴァンよりも高いのだそうです。
どうしても、陸路を車で運ぶ為に様々な食べ物から飲み物、本やらタバコまでが
高い値段になってしまうそうです。ですが、僕は結構この街が好きです。


この時は気にして見ていなかったのですが、レーニンのようなそうでないような、、、
稼動していない遊園地らしきものも見付けました。


ホテルの近くにあったカフェ。入ってみたかったなぁ、、、サッカー場です。子供達がサッカーをしていました。


およそアルメニアらしくない、非常に整った町並み。公園も落ち着いた雰囲気で非常にキレイでした。


カラバフ・ホテルの裏手。どうなってるんだ、コレは?改築中ですか?
カラバフ・ホテルの近くから撮った写真。殺風景ですね。


コレがカラバフ・ホテルの全景。冬は来ない方が良いと思います。左手の建物は教会。結婚式が行われていました。お幸せに!


なんだか分からないケド、新しい建物。まだ作りたてだったようです。
イェレヴァンにこんなキレイな建物はホテルくらいしか無いですね。


まだまだ、カラバフは建設中の「新興国家」なのです。確か、アザトゥティアン通り。舗装された道路が美しいッ!


しかし、色彩に乏しい所はやはりアルメニアですね。この辺では人々が普通に暮らしている様子でした。


但し、冬の備えて暖房の燃料用にの薪やら枝やらを沢山ベランダに置いていましたが。
やはり兵隊が沢山居ます。カラバフはまだ戦時中なのです。


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