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アルメニア在住経験者によるエッセイ、生活情報、写真。アルメニア語講座。

(31) アルメニアを巣食うモノ

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イェレヴァンに住んでいる時、絶対にアルメニア語もロシア語も学ばなかった日本人の友達が居た。凄い事に、彼は日本語だけで生活していた。

彼も、最初は学ぶ気満々だったようなのだが、ある事がきっかけとなり、アルメニアという国の正体を見て、アルメニア人とは何者かを悟った瞬間から学習意欲が急速に減退してしまったらしい。

「連中の喋っている事がぜーんぶ!理解出来たりしたら、それこそマトモな神経でやっていられない。」と言っていたが、コレは自分にも心当たりがある。

ソ連人全般に、突拍子もない事を言ったりやったりするのだが、とりわけアルメニア人は豪快かつ、理不尽で理論が一貫しないメチャクチャな事を言ったりするので、コレには僕もホトホト参っていた。

約束は守らない、時間は守らない、列を作って並ばない、etc(数え上げればキリがない)、、、何かについて理由を尋ねれば、それこそ日本人の想像を遥かに上回る奇想天外な言い訳を眉一つ動かさずに言ったりする。

とにかく、彼等のキミョー・キテレツな理論と言い訳に圧倒される事は数え切れないほどあった。なので、分からない方が良いというのもある意味頷ける。「この手紙を、日本の小泉首相に渡して欲しい」なんてのは、まだ良い方で常識外れな事を余裕でかます人はとにかく多かった。本当に多かった。

しかし、こんなのをマトモに受けていたらそれこそコチラの頭もおかしくなるので聞き流すか、正面から強行突破するしかないワケです。コレは、カフカスで暮らす生活の知恵。

ところが、ただでさえ手強いアルメニア人の中でもとりわけ手強い、パワーアップした「スーパーアルメニア人(?)」なるものが存在します。

そのスーパーアルメニア人は、とにかく一度獲物を掴んだら心変わりするまで決して離してくれない、または帰ってくれないスッポンのような人達です。


さて、その「スーパーアルメニア人」とは?

実はアルメニア、物凄く「エ○バ」に改宗した人が多いのです。日本にも居ますよねぇ。「○ホバの証人」って言うんでしたっけ?あの一軒、一軒家に訪れて熱心に勧誘している人達。他人の血を自分に入れてはいけない宗教らしく、子供が輸血出来なくてその結果、見殺し状態になってしまい、社会問題になっていましたねぇ。

何故、「正教」を国が定めた宗教とするアルメニアで、エホ○が急速に広まったのでしょう?

話によると、アルメニアが最も困窮していた92,3年にエホ○がアルメニアに入り込み、アルメニア人に向かって「アナタがエ○バに改宗するのであれば、このパンを差し上げます」だの、「この靴を差し上げます」だの、「この洋服を」とやっていたらしいです。

たかがそれしきのモノに釣られて改宗する馬鹿がいるかッ!と思ったのですが正教を捨てて改宗してしまった愚か者がアルメニアには本当に沢山居るのです。

僕の友達にも沢山居ますよ、えぇ。別に悪い人達じゃないんですけどね、ないんですけど、熱心に「アナタもエホ○に入信しなさい」と、勧誘されるのでウザイです。

よく道を歩いていても勧誘されましたねぇ。

可愛いギャル:「アナタは神を信じますか?」
ワシ:「信じません」
可愛いギャル:「ハァー?アナタ正気ですか?神を信じないだなんて、そんな、、、!」
ワシ:「、、、(ダッシュで逃げる)」

どこぞの宗教も同じ手法で信者を獲得したらしいですが、アルメニアの○ホバも可愛いギャルを使って信者を獲得しているから手におえない。「言葉なんて分からない方が良い」という、彼の言い分は大いに的を得ていると思った事は正直言うと1度や2度ではなかったです。アイタタタ、、、


何処かでも書きましたが、基本的に僕は「無神論者」です。特定の宗教も持っていません。但し、神社や寺に行けば手を合わせますけどね。だって、日本人ですもの。

自分が何か困難にぶつかった時に、自分と対峙するもう一つの自分の内なる自分以外の「モノ」を「神」と呼ぶのであれば、ソレが僕の信じる神様なのかもしれません。従って、クリスチャンやムスリムの人達が信じる精神的な存在ではなくて、僕の「神様」はもう少し哲学的な存在なワケです。

ソレを何と呼ぶのか分からないから、適当に「神」と僕は呼んでますが、宗教に直結する宗教的な呼称で用いる「神様」では決してありません。

以上のような事をとうとうと説明し、「僕は僕で信じている哲学がある」等と言ってみても彼らは丸っきり聞く耳を持ってくれません。とにかく、信者獲得が大事なようで、、、

地下鉄サリン事件を起こしたテロまがいの宗教、教祖(総裁?)がレイプ未遂をする宗教。

一般的な日本人同様に、僕も日本における「宗教」とは脱税の隠れ蓑であったりととにかく「胡散臭いモノ」という強固なイメージが染み付いているのでどうしても「はい、そうですか」とは受け入れられません。

もっと言えば、大学時代に付き合っていた恋人を「エホ○」に奪われた苦い経験があるので余計に宗教というものを嫌うトラウマがあるのかもしれません。
(↑今だから書けるけど、苦い思い出だ。)

アパートに居る時も、よくホームレスや○ホバに襲撃されましたっけねぇ。

一回、お友達で「看護婦」のドゥストゥリクという女の子が遊びに来た事がありました。なんと、10人の若いピチピチしたギャルギャルを引き連れてッッッ!しかも!全員が現役の「看護婦」というじゃあーりませんかッ!!!(ワクワク!)

この時、僕はまだ見ぬ「ハーレムの到来」を予感しました。未だかつて経験した事のない「未知なる世界」との遭遇に胸が高鳴りましたよ、えぇ。

もしかしたら、目の前で白衣に着替えてくれるかもしれんッ!(生着替えかッッッ!)そのような間違いが起こらないとも限らない。あわよくば「ソドム」が復活して、、、(←!?)
等と、おバカな妄想を膨らませたい放題に膨らませていたらば、いきなりドゥストゥに

「私も含めて、この子達全員エ○バなんです。」
と言われる。 、、、ハーレムどころか地獄に真ッ逆さま。
ざけんなよー、もぅ家に入れちまったよー。 、、、お先真っ暗だな。


否が応でも、戦闘開始の狼煙は上がる。


ギャル達:「日本人のアナタにも宗教は必要だと思うんですよ」
ワシ:「チェー!チェー!チェー!チェー!チェー!」
   (ヤだ!ヤだ!ヤだ!ヤだ!ヤだ!)
ギャル達:「人間である以上、信じるべき神の存在は必要だと思いますよ」
ワシ:「ペチ!ペチ!ペチ!ペチ!ペチ!」
   (要らん!要らん!要らん!要らん!要らん!)
ギャル達:「どーして、アナタは頑なに神を信じようとしないのさ!」
ワシ:「イェス チェンム ハバトンム!イェス チェンム ハバトンム!」
   (信じない!信じない!)

なかなか折れない日本人だなー、と思われたかもしれないが、舐めてもらっちゃ困る。
(上のフレーズは、旅行者がからまれた時に使うと良いと思う。)


しかし、モノにつられてコンバート出来るほど宗教とはイージーなものなのでしょうか?この事実を知って以来、アルメニア人に「我が国は世界で最初にキリスト教を国教と定めた国だ」と誇らしげに言われても「あー、そうかい。だから何だよ!」と心の中で思うようになってしまった。

しかし、考えてみればクリントン前大統領も聖書に手を置いて「ウソはつかない。」と神に向かって宣誓したスグ後に、嘘八百を並べたい放題並べていましたっけねー。

アメリカ人は政治家の政治執行能力(頭)と、個人の嗜好(下半身)は分けて考えられるんですかねぇ?日本なら、個人の嗜好まで聖職者のように振舞う事を求められて、欺けば追求されるワケですが。個人的に、葉巻を突っ込んで「良い味だ」と言ったアメリカのバカと、セクハラする為に毛布を持ち歩いていた元・大阪府知事のアホは同じ穴の狢だと思うんですケドねー、違う?

クリスチャンやムスリムの精神的な支えである「神」の存在とは何なのだろうか?と考え込んでしまう。

自分の中で彼らが意味する所の「神」の概念が咀嚼出来るまでは、僕はやはり「無神論者」で通すつもりだ。理解出来ても「無神論者」だと思うが、、、

因みに、日本からも確認している限りにおいては2つの宗教がアルメニアに入り込もうとしたらしい。どちらも、余りにも胡散臭いので信者獲得に失敗してましたがね。

僕は、出来ればアルメニア人には「アルメニア正教徒」であり続けて欲しいと願っている。よその宗教が与える「モノ」が例えどんなに魅力的であったとしても、民族の血の中に脈々と流れるクリスチャン(正教徒)としてのアイデンティティーを安く投げ売りしているのを見るのは忍びない。

黒い衣服を身にまとった聖職者の教えを守り続ける事は、離散したアルメニア人同胞を繋ぎとめる「絆」でもあるのだから。

アルメニアのような小さな国を蝕み、巣食う連中は後を絶たない。放っておいてあげたらどうだろうか?案外、アルメニア人はアルメニア人なりの幸せを感じながらアルメニアで生活していたりするのだから。

国が散々な状況でも良く言えば「ポジティブ」で、別の言い方をすれば「おめでたい」性格のお陰で「仕事をする為に生きている日本人」よりも、遥かに幸せそうに見える事もあったりするワケですから。(←コレは、個人的には羨ましいと感じる。)


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